パワハラ裁判例

 

 

1.前田建設事件(松山地裁 平成2071日)

 

<事案の概要>

 

 Y社の従業員であったAが自殺したのは、上司から社会通念上正当と認められる職務上の業務命令の限界を著しく超えた過剰なノルマ達成の強要や叱責を受けたことなどにより、心理的負荷を受けてうつ病を発症し又は憎悪させたからであるとして、Aの相続人であるXらが不法行為に基づき損害賠償金を、予備的に債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、損害賠償金の支払いを求めた事件。

 

A(営業所長)が自らの営業成績を仮装するために行った不正経理についての取り扱いが問題となった。

・不正経理の改善や工事日報を毎朝報告させること自体は正当な業務範囲といえる。

・が、実現困難な架空出来高解消のための事業計画日報を設定させる。毎朝工事日報に際して他の職員からみて明らかに落ち込んだ様子を見せるまで叱責したり、業績検討会の席上「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが、辞めても楽にならない」等と叱責したのは、社会通念上許される業務上の指導範疇を超えたものである。

 

・但し、1審判決では被災者の過失相殺6割として損害賠償額を減額した。

 

・X1:約473万円、弁護士費用50万円(6割の過失相殺等を行った後の金額)
2:約2362万円 弁護士費用240万円(同様)

2審 高松高裁 平成21423日】

 

・上司の叱責等は社会通念上許容される正当な業務範囲内
・損害賠償金額 0

 

 

2.静岡労基署長(日研化学)事件(東京地裁 平成191015日)

 

<事案の概要>

 

 Xの夫であるAが自殺したのはAが勤務していた本件会社における業務に起因する精神障害によるものであるとして、Xが静岡労基署長に対し労災法に基づき遺族補償給付の支払いを請求した。が、不支給決定。Xがその取り消しを求めた事案。

(Xは、業務上の心理的負荷の原因として、Aの上司の暴言による心理的虐待を主張した)

・Aは平成1412月末〜151月中旬の時期に精神障害を発症したと認めるのが相当である。

・Aが遺書において上司であるB係長の言動を自殺の動機として挙げていること。Aの個体側要因に特段の問題は見当たらず、B係長との関係が困難であることを周囲にしばしば打ち明けていたこと等からして、平成1412月末〜151月中旬の時期までに加わった業務上の心理的負荷の原因となる出来事としては以下のB係長の発言を上げることができる。

@   「存在が目障りだ。居るだけでみんなが迷惑をしている。お前のカミさんも気がしれん。お願いだから消えてくれ」

A   「車のガソリン代がもったいない」

B   「どこへ飛ばされようと、俺はAは仕事をしない奴だと言いふらしたる」

C   「お前は会社を食い物にしている。給料泥棒」

D   「肩にフケがベターと付いている。お前病気と違うか」
等々。
なお、当該BはAの告別式においても遺族に対し「フケや喫煙による口臭がひどく、肩にフケがベターと付いていて、お前病気と違うか、と言ったこと、営業先で医師等と意思の疎通をしようとしない(Aは医療情報担当者:MRとして10年以上のキャリアを有していた)し、仕事ができなかった」等という発言をしている。

 

・B係長がAに発した言葉自体の内容が非常に厳しい。B係長のAに対する態度にAに対する嫌悪の感情の側面がある。B係長がAに対し、極めて直截なものの言い方をしていること。Aの属する静岡2係(上司を含めて3名体制)の勤務形態が、上司とのトラブルを円滑に解決することが困難な環境にあること。B係長のAに対する心理的負荷は、人生においてまれに経験することもある程度に強度のものということができる。一般人を基準として、社会通念上、客観的に見て精神障害を発症させる程度に過重なものと評価することが相当である。

 

結論:請求認容

考察

・上記@にある「存在が目障りだ。お願いだから消えてくれ」等はAの人格、存在自体を否定するものであり、通常の上司とのトラブルから想定されるものよりも更に過重なものといえます。

 また、Aの自殺後、同僚らがAとBの関係に言及し、このままではまた犠牲者が出る旨を述べたという事実があることからも当該関係が過酷なものあであったと推定できます。

 

・Bは社命を受け、静岡2係のテコ入れのために配属された経緯があるようですが、会社としてAB間の異常ともいえる関係を改善する努力を怠った感は否めません。

 Bの特異な性質が引き起こした事件である、といった釈明はできないものと思われます。

 

・会社としては、第3者を配置した苦情・相談窓口を設置しておく必要性、重要性を改めて認識することができる事案といえるでしょう。もしそういったものがあれば、Aはその内心に鬱積していたであろう憤怒の感情を吐露でき、それによる解消も期待できますし、何よりもパワハラ事案としてアクションを起こすこともできたと思われます。

 

 

3.誠昇会北本共済病院事件(さいたま地裁 平成16924日)

 

<事件の概要>

 

 Xらの長男であるA(男性看護師)が勤務先病院の先輩であるY1(男性看護師)らのいじめが原因で平成14124日に自殺したとしてX(両親)らがY1らに対しいじめ行為による不法行為責任(民法709条)を理由に、病院を設置するY2に対し雇用契約上の安全配慮義務違反による債務不履行(民法415条)を理由に損害賠償金合計3600万円を請求した。

<結論>

・一部認容

Y1:Xらに対し慰謝料各500万円(各250万円の限度でY2と連帯債務)

Y2:Xらに対し慰謝料各250万円(Y1との連帯債務)

3年近くに及ぶいじめ>

1)勤務時間終了後も遊びにつき合わせる。

2)いじめ行為者(Y1)の仕事が終了するまで帰宅を許さず、残業や休日出勤を強要。

3)Y1の家の掃除、車の洗車、長男の世話、風俗店に行く際の送迎(駐車場で待たせる)など家事や私用に使用。

4)Aが恋人とデート中であるにもかかわらず用事もないのに呼び出す。AがY2に到着してもY1はいなかった。

5)職員旅行の際、飲食代88,000円を負担させたほか、Aに好意を寄せる女性職員と性的な行為をさせ、それを撮影しようとした。

6)仕事中に「死ねよ」と言ったり、「殺す」とのメールを送信。

7)ウーロン茶1缶を3,000円で買わせる。

等々、からかい、嘲笑、悪口、他人の前で恥辱・屈辱を与える、たたくなどの暴力等。

 

・上記は、悪ふざけといったちょっとしたいじめの限度を超越した言動であり、執拗・長期間にわたってなされ、平成13年後半からはその態様も悪質になっている。平成1312月ころからはAに対し「死ねよ」と死を直接連想させる言葉を浴びせている。また、Aも恋人に対し自分が死んだ時のことを話題にしたり、当該Y1らのいじめ以外にAが自殺を図る様な原因が見当たらないことからすると、本件自殺といじめの間には相当因果関係が認められる、としてY1の不法行為を認めた。

 また、使用者である病院についても、安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任を認めています。但し、病院が自殺の予見が可能であったとまでは認めがたく、いじめを防止できなかったことによってAが被った損害について賠償する責任があるが、死亡したことによる損害については賠償責任がない、と判断されました。

<考察>

・当該事件の加害者はY1一人とはいえません。ボス的存在のY1の取り巻き(男性看護師)も同様にAに対する言語道断ともいえるいじめに加担しています。

・男性看護師が少数の職場であり、Aが最年少ということもあって相談できる同僚・上司の不存在も最悪の結果を招いた一因といえるでしょう。

 

・院内という閉鎖的な環境に加え、心を許せる仲間も存在しなかったとはいえ、当該事件も信頼に足る苦情・相談機関が設置されていれば、違った展開になっていたのではないでしょうか? もちろん、苦情・相談機関があれば全てを解決・防止できるわけではありません。しかし、少なくともパワハラを含むハラスメントを防止しようと企業が率先して対策に取り組んでいれば、最悪の事態は免れた可能性は高いと考えます。

 

<補足:企業のハラスメント防止義務:安全配慮義務違反に関する裁判所の判断>

 

 使用者には雇用契約に基づき信義則上、労務を提供する過程において労働者の生命および身体を危険から保護するように安全配慮義務を尽くす債務、具体的には職場の上司および同僚からのいじめ行為を防止して、労働者の生命および身体を危険から保護する安全配慮義務を負担していたと認められるところ、いじめは従前からあって、本件被害者に対するいじめは3年近くに及んでおり、本件職員旅行の出来事や外来会議でのやり取りは雇い主である被告Y2も認識が可能であったことなどからすれば、病院はいじめを認識することが可能であったにもかかわらず、これを認識していじめを防止する措置をとらなかった安全配慮義務違反の債務不履行があった。



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